こんにちは、あるじです!これまで10年サラリーマンをしてきて、ついに独立してフリーランスになりました。実際にフリーランスになってみて、そしてたくさんのフリーランスの方と触れ合って見て、私なりのフリーランス論を展開してみます。

 

フリーランスは自由なのか?

フリーランスの定義について調べてみました。

フリーランス(英: freelance)は、特定の企業や団体、組織に専従しておらず、自らの技能を提供することにより社会的に独立した個人事業主もしくは個人企業法人である。

wikipediaより

どこにも属さないフリーランスは、会社ではなく個人に裁量権があるため「フリーランス=自由」というイメージをもっていました。しかし、現実には自由なフリーランスばかりではありません。生活のためにやりたくもない仕事を膨大に受けている人、土日や睡眠時間を削ってまで働いているフリーランスもいます。最近ではフリーランスが仕事を受けるためのプラットフォームが普及したこともあり、簡単に比較検討されてしまうため単価が下がっている傾向にあります。また仕事の受け方にもよりますが、報酬の一部はプラットフォームやエージェントにマージンとして抜かれ、働けど働けど大した収入にならないことも多々あります。時間的にも金銭的にも全く自由でない彼らは、wikipediaの定義では確かにフリーランスなのですが、こんな働き方を求めてフリーランスになったわけではないはずです。

私が定義する、そして理想とするフリーランスは

「自分の人生の主導権を、自らの手で掴みに行っている人」

です。世の中は不確実で、時に残酷で理不尽で、なかなか思い通りになりません。でもだからといって諦めて流れに身をまかせるではなく、必死にもがいて、なんとか自分で自分の人生の主導権を取りに行く、そんな人をフリーランスと定義し、全力で応援していきたと考えています。

そして私自身もこのようなスタンスでありつづけたいと考えております。

 

大企業で働いて抱いた3つの不満

私は新卒で一部上場企業に営業職として入社しました。後から知ったのですが、日系企業の中では1番給料が高い会社だったようです。給与の高さから「激務」「ブラック企業」という印象を外部からもたれていましたが、そんなことは全くありませんでした。営業所もアットホームで、残業も一定のところで強制的に切り上げさせられ、土日に働く場合は上司のさらに上司にまで承認が必要でした。今はどうなっているかわかりませんが、当時はオフィスのデスクトップしか使えずガラケーでしたので、自宅で仕事をするということもなく、働き方改革だと騒がれるよりずっと前からかなりホワイトな働き方をしていました。仕事には満足しておりましたが、もちろん良いことばかりではありません。

不満1 自分で働く場所や働き方などをコントロールできない

全国に営業所があるため「転勤」が定期的にあります。営業成績の良い悪いは一切関係ありません。また「家を買った」「子供が小学校に入った」等々のライフイベントは一切考慮されません。(マイホームを買った年に転勤になると噂が広がるくらい。。。)私は、少なくとももうしばらくは東京で働きたかったですし、自分の家族の大事なタイミングで会社からの指示に従わなければならないことにも違和感を覚えました。

不満2 会社の中でのキャリアに未来がない

年次が上がれば上がるほど、役職が上がればあがるほど、市場から遠ざかっていく恐ろしさを感じました。当時働いていた大企業は、いわゆる「課長」ポジションまでは誰にでもチャンスがありました。新卒で入った社員はまずそこを目指します。早い人で30歳前後くらいで到達可能です。しかしその先のポジションがほとんどありません。課長職はチームの数だけありますが、その上の部長クラスは社員2000人に対して、全国に十数人、さらにその上の本部長、事業部長クラスは7人だけでした。若い人にチャレンジさせるためにも、先に課長についた人は「降格」させられます。会社としてもできるだけ多くの若手に課長ポジションを経験させてあげたいという意向があり、一度降りたら返り咲くことはほとんどありません。仮に35歳でおりたとしたら、残り30年近く、ずっと平社員です。降格自体が文化になっていたので、役職をおりたからといって冷たい目で見られるわけではないですし、原則クビになることもないので、割と皆普通に定年まで転勤を続けて平社員でいることを受け入れているようでしたが、私には耐えられませんでした。

不満3 会社に飼い慣らされている状況に対して、誰も違和感をおぼえない

異常なほどに離職率が低いことにも驚きました。平社員といえど給与が世の水準からかけ離れて高いので、転職すると半額〜1/3程度になります。転職先でどれほどがんばったところで、同じ給与水準に戻れることは役員まで上り詰めても難しいということも、会社に居続ける意思決定を後押ししているようにみえました。転職ではなく、独立や起業をするかというと、ずっと組織の中での営業プレイヤーと営業マネージャーのみを実践、学んできたためそのような経験を積んでいないのです。チャレンジすれば身につくのでしょうが、ある程度成功体験を積んでしまった人に、その選択は難しいようで、会社を辞めて企業する人はほとんどいませんでした。出世もできない、転職もできない、独立も起業もできない、そのような人たちが量産されて行く過程を大企業で目の当たりに、私は絶望しました。当の本人たちは、それはそれで幸せな人生と割り切っているようで、絶望どころか満足しているようでした。

もともと人に縛られることが苦手だった私は、会社に飼い慣らされる生き方なんて、給与をいくらもらっても嫌だ!と思うようになりました。そしてその大企業で3年半過ごし、Mr.Childrenの終わりなき旅を聞きながら「次の新しい扉をノックしよう!」と転職を決意しました。

 

ベンチャー企業で働いて感じた3つの限界

ベンチャー企業といっても規模や社風は様々で一概にくくれないのですが、私が最初に入社した会社は社員20人程度で、創業1年半、強烈な社長が絶対的な支配力を持つ、激ブラック企業でした。全く売れない商品を「とにかく売ってこい!」と売りに行かせて、売れば売るほどクレームが発生し、「クレームをおさめてこい、そして売りにもいってこい」という無茶振りをされるような会社でした。前職で自分はなかなか売れる営業マンだと思っていたのですが、「誰も買わないような商品でも売れる能力」は皆無だと気づかされました。営業職として期待されて入社したにも関わらず、全く売れないという地獄のような日々を1年ほど過ごし、試行錯誤のうえ、ようやく売れるようになりました。かなり過酷な労働環境だったと思いますが、不思議と不満はほとんどありませんでした。しかしベンチャーで働く「限界」を感じることになりました。

限界1 働けど働けどキリがない

成長を求めるベンチャー企業に終わりはありません。それ自体は良いことですし、そのおかげでかなり力がついたと感謝もしています。しかし3年ほど経った時、果たしてこれはいつまで続くのだろう、、、と終わりの見えないトンネルの中にいるような感覚に襲われました。

限界2 成果をあげても給与が大きく変わらない

営業職として、もちろん自分一人の力ではないですが、相当額の利益を会社にもたらしていた自負があります。営業目標も他の社員の2倍や3倍ではなく、10倍強設定されていました。しかし給与が10倍になることはもちろんありません。結局幹部まで上り詰め

限界3 最後の最後は社長の意向で決まり、自分の好きなようにはならない

経営に正解はありません。利益最大化が株式会社共通の目的ですが、どの程度まで最大化するのか、その最大化の方法や時間軸などは、本当に設定次第で大きく変わります。